家族と一年商店

2021/08/15 14:01

藤野にある、週に2日だけ開くパン屋さん。

 

水曜日と木曜日だけopenの看板が立てかけられるそのパン屋さんは、作るのも焼くのもお店に立つのも女性が1人で切り盛りしていて、でも町の人に大人気で、だからぼんやりしているとあっというまに売り切れて、看板はcloseに。

 

そんなこんなで買えない日もあるんだけれども、それもいい。

 

「はちみつカンパーニュまだありますか?」

「ごめんなさいね売り切れなの」

「ああ〜〜〜、やってしまったああ〜〜」

なんて、店主さんとやりとりする時間もなんだか楽しくて、ほっとする。


 

子どもにキーキーしてても、夫とヒリヒリしてても、お店のドアを開けて、立ち話して、パンを買ったり買えなかったり、そんなちょこっとした時間のたびに、気持ちが軽くなって、ふっと「ほんとはわたし、こういう気持ちでいたいんだよな」って思うきっかけをもらえる。

 

前にお話を聞いた時、大量に売るわけではないお店の営み方について「楽しんでパンに向かえる余白を残すことが大事だと思ったから」「楽しめる自分でいることが、まわりの人に喜んでもらえるパン作りに繫がると思ったから」とおっしゃっていた。

藤野に来てまだ数ヶ月の頃に聞いたその言葉は、目からウロコだった。(藤野で暮らしてしばらく、わたしはいろんなことにウロコポロポロ状態だった)

 

強く、大きく、がむしゃらに、つぎつぎと。

そうできる人がやりたいことをやれるんだって思っていたし、そう思うと、そうはできない自分に苦しくなった。

誰かに求められることはすごいことで、求められるものに応え続けるのも、そりゃあそりゃあ、ものすごいことで。

がんばっている人を見て、わたしもがんばんなくちゃと思っても、とてもそうはできなくて。

 

でもそうやってがんばり抜く中で、折れてしまう人もいるだろうし、折れてしまうのも当然という気もする。

折れたものがなおらないくらいバラバラになっちゃう人もいるだろうし、そもそもわたしのように、がんばり抜けない人もいる。(って堂々と書いてみたけども)

 

ずっとがんばり抜けない自分に追い目があって、でもやりたいことがあって、わたしでもきっとやっていける、そう思える道は、どうしたら見つかるんだろう。

それってすごく難しいことだって思っていたから。

 

「楽しめる自分でいれること」を大事にしているって聞いた時、「あ!すごい」ってウロコポロンだったし、その言葉で楽になった。

 

そうやって営まれているお店のパンがとっても美味しくて、

そうやって営まれているお店に行くたび、わたしも自分に立ちかえれて。

 

自分を大事にしている人の言葉、作るものに触れて「わたしもわたしを大事にしていいんだ!」「でもやりたいことをやりたいって言っていいんだ!」って思えるようになっていった。

 

だからこそ、パンが買えない日があって全然良くて、買えない日があるほうがなんだか良くて。でも買えた日はうれしくて。

いつでも買えたら、パンを買えることがこんなに嬉しくも思わないよなあって思うしね。

 

現在パン屋さんは、夏休み中。秋までパンは買えないけれど、それでいい。

 

自分を大事にすることは、みんながしあわせになれることにつながっていく気がするから。

 

秋になったら、またパンバッグを持ってお店に行く。

その日を待つのも、楽しみなのです。


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